中野でキラリと光る、まちのラムネ屋さん~「東京飲料」をたずねて~

カテゴリー3[70’sナウ]

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筆者(豊島区出身)が幼稚園に通っていたころ、近所の住宅街のど真ん中に飲料メーカーの工場があった。1970年代は全国的に乳酸菌飲料がヒットした時代で、各地に大小さまざまな飲料メーカーが存在し、多種多様な飲料が販売されていたのである。

あの工場も、その飲料もすでに姿を消してしまったが、中野区内にある東京飲料合資会社は1929年の創業以来、いまも自社オリジナルの製品を作り続けている。その主力製品は、懐かしいラムネ。子どもの頃の記憶を思い出しながら、住宅街の中にある、昔ながらの町の飲料工場といった佇まいのその会社を訪ねてみた・・・

東京飲料合資会社さん

-ラムネびんのビー玉はどうやって入れる?-

対応していただいた東京飲料 寺田工場長に、まずはラムネについて聞いてみた。

昔のラムネ瓶にはどうやってビー玉を入れているんだろう?というのは、誰もがこどものころに思った謎ですよね。これは、まずラムネびんの先端がすぼんでいない状態でびんを作り、そこにビー玉を入れて最後に口を絞るんです。つまり昔は手作業で作っていたんです。今のラムネ瓶は上端の口の部分がプラスチック製のキャップになっていて、ビー玉を入れてから、このキャップを締めるんです。なぜいまは昔の形がないのかというと、もうびんを作る職人がいなくなってしまったからなんです。でも職人さんがいれば、まだまだラムネの需要は伸びると思うんですよ。これはビー玉が栓になっているわけですから、ゴミが出ないんですね。リターナル瓶として大きな利点があるんです。でも、これ実は洗うのが大変でして。きれいな状態で戻っていれば、洗瓶機という専用の機械で洗えるんです。苛性ソーダという強アルカリ性の液体で、強い吹き上げで一気に洗います。でも、そこに焼き鳥の串やタバコの吸い殻などが入っていると、もう手作業で一本一本洗っていくしかないんですね。

右が昔のラムネ瓶そういうこともあって、昔の瓶のラムネはもう30年くらい前から作られなくなっていて、市場には出回っていません。こだわりでやっている小さい飲食店でわずかに見られるくらいですね。でも、飲んだ時の感じが違うんですよね。口がつくところがプラスチックでなくガラスなので、やさしい感じがしますよね。冷えた感じもガラスの方がよく伝わりますし。ビー玉の音も涼しげでいい音ですよね。

今の瓶はガラス製のものとペットボトルがあります。形だけは昔の瓶に似せていますが、どれもワンウェイ(使い捨て)瓶ですね。

中身の味については、普通のレモンライム味、メロン味、ブルーハワイ味、桃の味があります。当社では、15年以上前からこれらの味を製造しています。作ったきっかけは、あるお祭り業者さんから「かき氷のシロップみたいな何種類かの味があるラムネはないの?」と聞かれたことがきっかけです。そこで、おもにメロン=緑など、かき氷シロップの色的な定番を選んで作ったんです。

当社の商品は、区内のセブンイレブンさんの何店舗かで扱ってもらっています。あとは薬師アイロード商店街の佐藤精肉店さんが、私の友人ということもあって置いてもらってます。その向かいにある「たこ○(まる)」さんというたこ焼き屋さんには、ラムネではありませんが、当社の「ラムネ屋さんのサイダー」という飲料を売っています。あとは通販で直販もやっています。

コンビニさんが一番手近だと思いますが、今の季節は置いてない場合もあります。暑い季節になったら、当社の商品もいろいろ出てくると思います。

 

-懐かしの「シャンメリー」が復活する!?-

昔は「クリスマスといえば、こどもはシャンメリー」という習慣がありましたが、いまはそういうスタイルがなくなりましたよね。全盛期のころは、当社でも年間10万本ほど出荷していましたが、いまは3万本程度です。スーパーに行っても、シャンメリーが置いてないところが珍しくないですよね。バブル期のころは、アニメなどのキャラクターつきシャンメリーがよく売れて、どこでも見かけましたが、今ではもう売れなくなったようですね。ある意味、今までのやり方では商品が飽きられてしまったのかなと思います。懐かしのシャンメリー

昔はこどもの飲み物って、今ほどの種類がありませんでしたよね。例えばコカ・コーラも今より値段が高くて、シャンメリーと同じくらいの値段でしたが、今ではスーパーへ行けば500mlペットのコーラが120円前後で売っていますからね。値段という意味でも、今となっては商品の魅力が低下してしまったのかなと思います。

でも、今後に向けて新しいアイディアも考えています。まず、基本的にシャンメリーはこども向けの飲料なので、いまの子たちが好きそうな新しいフレーバーを、いくつか研究して開発しています。

他にも、大人にも飲んでもらおうと思ってPRも工夫しているんですよ。例えば、お酒の飲めないお昼のママ会などに当社のシャンメリーを提供して、そこで飲んでもらって、それをネットなどから口コミにしてもらったりと、いろいろやってます。

 

-時代の流れに乗って、アイディアで勝負する-

2~3年前くらいに全国的な「地サイダー」ブームというものがありました。それまでは普通のサイダーはまったく売れなかったんですが、今は北海道から九州まで、どこにもご当地サイダーがありますね。うちでも「ラムネ屋さんのサイダー」という地サイダーがありますが、それよりもっと細かい、本当の地サイダーというものを製造しています。

例えば、中野でも町単位、町会単位の地サイダーを作りましたよ。期間限定で少ないロットのものですが、それぞれの地域内で企画に賛同してくれたお店を中心に売ってもらいました。「中野新橋サイダー」や「桃園サイダー」などを作ったのですが、これが予想外に売れたので、これは面白い商材になるなと思って、さらにいろいろ展開していきました。

武蔵境や、深大寺、三鷹、赤羽、川越、日野、浜田山などなど…ラベルも自分たちでデザインを作ったんですよ。高円寺だけでサイダーを2種類も作ったんですが、阿波踊りの時には爆発的に売れましたね。とくに地方から来る「連」の方たちが、おみやげにと一度に5ケースづつくらいまとめて買ってくれるんですよ。中野新橋でも同じことがあったそうです。いままで町の特徴のあるおみやげがなかった所で、「ご当地サイダー」が地方から来ている方たちにとっての新しいおみやげとしていい商品になってるみたいですね。

また、中野は「萌え」の街ということで、中野で売りたいなと思って作ったものが、この「萌えラムネ」です。デザインは人気の高い同人誌作家の方に描いてもらったんですよ。これは一種のキャラクターラムネですね。ラベルのデザインは何種類か作っていますが、ただ1種類ごとに、最低10万本単位で作らないといけないので、なかなか簡単には種類を変えたり、増やせたりできないというのが悩みのタネです。でも、今後も人気作家さんに新しいキャラクターを描いてもらおうかと思って、いろいろ準備をしていますよ。

左:工場長の寺田龍さん 右:アイディアいっぱいのラムネ


-キリンとのコラボで作った中野限定「ナカボール」-

いま当社の一番の人気商品は「ハイ辛」ですね。これ自体は5~6年前に製造をはじめたものです。昨年、キリンさんが中野に移転してくるということで「何か新しいものを作りませんか?」とお話しをいただきまして、キリンさんの「ジョニーウォーカー」を「ハイ辛」で割った「ナカボール」というメニューで、いま区内の居酒屋さんなど160店舗で扱ってもらっています。でもキリンさんの力は凄いなと思いましたね。私たち単独で営業をしていても知名度の点で難しいところもあったのですが、キリンさんと一緒に商品を売るようになってからは、一気に買ってくれるお店が増えまして(笑)

ナカボール。ぜひお試しを!最初は「ハイ辛」は焼酎で割るためのものとして売っていたんです。ところがお店の方から「ウイスキーで割るとおいしいよ」と言われたんです。それで実際に飲んでみたら焼酎よりもウイスキーの方がはるかに美味しかったんですよ。「ハイ辛」は独特の尖がった香りがあるんです。それが、ウイスキー独特の強い香りで「ハイ辛」のつーんとした香りがうまくまろやかになるんですね。焼酎はそれほど香りが強くないので、「ハイ辛」の尖がった香りがそのままなんです。これは本当にいい組み合わせで、美味しいですよ。

これからは地域や期間限定や、キャラクター飲料がいいと思いますね。中身は同じラムネやサイダーですけど、付加価値ができますよね。

元々ラムネというのは最初から「地ラムネ」なんですよ。昔は小さい飲料メーカーさんがたくさんあって、それぞれで独自にラムネを作っていたんです。でも今は大手メーカーさんの前に、どんどん消えていってますね。飲料業界だけとは限りませんが、今は時代の移り変わりも激しいですから、当社のような規模のメーカーが新しい挑戦をするのはなかなか難しい時代ではあります。でも、できる限り、これからも地域との結びつきを活かしながら、面白いアイディアを形にして、ユニークな飲料を生み出していきたいですね。

とくに中野ですから、「萌え」ラムネシリーズに人気が出てくれるとうれしいんですが。

(今回の取材先)
東京飲料 株式会社 ※取材の後で組織変更されました
東京都中野区新井4-8-7
http://www.tokyo-inryou.com/

▼▼▼おまけ動画 ラムネのできるまで▼▼▼

なんとなく昭和の町工場を彷彿とさせる東京飲料さん。懐かしさに惹かれて尋ねてみると…
そこは、次々に新しい商品を生み出し、飲み物によって各地の町おこしの一翼を担ってきたアイディア溢れる企業でした。
中野区には、まだまだユニークな会社や人がたくさん隠れてそうです。

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