オリジナルアニメ黄金期の雄、中野に来る!!-山本 優ロングインタビュー

カテゴリー4[70’sパーソンズ]

CAT-4

-オリジナル企画を生み出す発想は、どこから来るんですか?

脚本を書きはじめたころから思ってたことだけど、「アニメというのはこういうものだ」っていうものが作る側にあるんだよ。ハッピーエンドであるとか、勧善懲悪とか、もっと言えば「良い子にしてるとご褒美があるよ」みたいなね。そういうことを1話完結の限られた分数の中で表現するとダイレクトになりすぎちゃう。

でも、それが面白くないと思って外れたことをやっても通らないんだよ。決定権のある人から「これ、ちょっとまずいんじゃないですか?」と言われて、抑えられちゃう。それで、結局は品のいい物しか作れなくなっちゃう。例えばロボットもので言えば、主人公はみんな絶叫するばっかりで「俺は正義だ!」みたいなタイプになっちゃう。それを内心で「バカ言ってんじゃねえよ」思いながら脚本を書いてる。

でも、仕事としてやってるから、言うことを聞かないと通らない。こんなの「ウソだ」と思いながら書いてたものが採用されることになる。自分の思いを引っ込めて「こういう作品だから」と思って我慢してやる。そうやっていくと、不満がどんどんたまっていくんだけど、それを一気に吐き出すタイミングがやってきたんだ。その最初が(J9シリーズ第1作の)『銀河旋風ブライガ―』だったんだよね。

それで、ここぞばかりにバーッと出したわけさ。「ガンダム」のときにも、その予兆みたいなのはあったけど、あれはまだ富野さんが押さえてたから。でも「ブライガ―」のときは全部、俺が決めることができたからね。結果として視聴率も取れて人気も出てたから、誰も文句を言わなかったし、いい意味でやりたい放題だった。もちろん、プロとして全体をうまく仕組んでたけど、その中にアイディアや遊びをどんどん入れていった。もう「良い子のアニメは止めようぜ」って思ってベッドシーンを入れちゃえってね(笑)。あれはアニメ史上初だな。それでファンレターが来てさ。そのファン(10代女性)がまだ小さい自分の姪っ子と一緒に「アニメだと思って安心して見てたら、いきなりベッドシーンでビックリしました」とかね。(笑)

まあ、そういうオキテ破りをやりたかったんだ。自分で思えば、当たり前の感性を当たり前に表現してるつもりなんだけど、それ以前に抑えれらていたものが出せたんだと思うよ。

あとは、四辻のアイディアだけど、歌をどんどん入れようぜってことになって、最初は挿入歌をいくつか入れていったんだ。そうしたら「おっ、これはいいな」と思って、その路線で進めたんだけど、後の『銀河烈風バクシンガ―』とか『銀河疾風サスライガ―』のあたりは、ほとんど歌ばっかりになっちゃった(笑)。まあ、あれもオキテ破りのひとつだな。

あとは、ラストで主人公を全部殺しちゃおうと考えて、それも「バクシンガ―」で実際にやった。あの当時、番組を見ていた小学生でいま40代くらいファンと、ちょっと前に角川書店のあるパーティで会ったんだけど、「主人公が全員死んじゃうのは本当に驚いた」って言われてね。そういう、良くも悪くもショッキングなことを入れていったんだ。

あのころは、オリジナル全盛で、しかも俺の企画はよく通ってたからね、本当にやりたい放題にやってた時代だったな。

-逆にスランプのようなときもあったんですか?

それまでは、自分の中に「溜め」があったんだろうね。悩まないで自然に自分の中からアイディアが次々に出てくる感じだった。でも、さすがにちょっと枯渇して(笑)、粗製濫造になってるかなという時もあったよ。『亜空大作戦スラングル』をはじめたときに、今までのようにすぐに発想が出てこなくなって、さすがに「苦しい」なって感覚になった。
せっかく天野喜孝ちゃん注9がいいキャラを作ってくれたんだけど、作画もかなり酷かったんで、申し訳ないなという気持ちもあった。それに会社もすこしおかしくなってきた時だったしね。

「J9シリーズ」はもっと続くはずだったんだよ。国際映画社注10のオリジナル作品はほとんど俺がやってたんだけど、完全にゼロから俺が作ったというのは、あれが唯一の作品だよね。

結局、国際映画社がコケちゃって、それまで俺もやりたい放題で無頼を気取ってトンガってたからね、その後が大変でさ(笑)。ヒットを飛ばしてたことへのやっかみもあったんだろうけど、まわりが「ざまぁ見ろ」って感じで、まあ逆風だったな。

そんな時に救われたのがシンエイ動画の「藤子アニメ」でね、最初は『パーマン』をやって『忍者ハットリくん』とか『ウルトラB』とか、自分では意識してなかったんだけど、振り返ると藤子作品は相当な本数をやってた。他のライターと一緒にプロットを作って出して、その中から採用してもらって。後で聞いたら、スタッフの間では「困ったときの山本優」って言われてたらしくて、それなりに重宝してもらってんだ。でも、藤子作品はキャラが出来上がってるから、何をやっても「ドラえもん」は「ドラえもん」、「パーマン」は「パーマン」なんだよね。だから、俺のキャラじゃない。そこはもう職人に徹してね、テイストは崩さず、オリジナルでゲストキャラを登場させて、少しだけ遊ぶ感じでやってた。

その後で、印象深いのは『六三四の剣』かな。マンガ原作はあるんだけど、原作をそのままやっていくスタイルじゃなかったから、原作の要素をもっと別な生かし方にしたり、原作のエピソードの間を埋めていくような話を作って、セミ・オリジナルっていうのかな、あれはそういう意味で自由にやらせてもらって、面白かったね。

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