機械遺産ってナニ!? 「株式会社高見沢サイバネティックス」を訪ねて <Ⅰ>

カテゴリー3[70’sナウ]

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世界初の多能式自動券売機を開発した会社「株式会社高見沢サイバネティックス」を訪ねて <前篇>

中野坂上から青梅街道を高円寺方面にすすむと20世紀に描かれたような近未来的ロゴの看板に気づく。株式会社 高見沢サイバネティックス
サイバー?ナニそれ?皆目見当がつかないけど、気になる…。
調べてみると、ファンシーボックス‘77にうってつけな70年代に歴史的開発を成し遂げた会社だと知る。しかも交通システム機器の歴史的開発で、耳慣れない「機械遺産」に登録された、となれば、ますます詳しく話を聞きたくなるのが正直なキモチ…。
果たしてどんなお話が得られるのか。
期待と不安が胸をよぎる中、寒空の12月に訪れ、お話をうかがってきました。
(文責:大塚ユウコ)


-「リレー」パーツの活路が券売機だった!?-

機械遺産第50号 高見沢サイバネティックスさんの長野工場で見学可

(高見沢サイバネティックス 総務部ご担当者のお話し)
今ではタッチパネルで素早く直観的に操作ができ、操作性や視認性を意識したバリアフリーの考えに基づいた設計で、硬貨でもお札でもICカードでも切符が買え、観光やビジネスで世界各国から日本を訪れる乗客にあわせて国際色豊かに四ヶ国語ガイダンスが出るようになり、
日本全国津々浦々、さほど性能に差がないまでに進化した駅の自動券売機ですが、わが社による技術開発が駅の券売機に「多能式」と「自動化」を実現させました。

その昔、券売機は単能式といって一律区間のみの硬券しか扱えませんでした。

160円なら160円区間しか扱えず、すべての区間ごとに対応できる機械を導入していたので、
コストも場所もかかっていました。
ところが交通網の発展に区間も一層多岐にわたるようになり、複数の運賃区間が生じることとなり、それにともない乗車券の発券も複数運賃に対応させる必要がでてきたのです。

それが半世紀ほど前。
このことが券売機の長い歴史の過程でターニングポイントとなりました。

そこで1969年に開発されたのが、発券のたびに内蔵されたロール紙にスタンプ式で印刷する
多能式だったのです。
もともとは高見澤電機という名で、電話交換などで活用していた「リレー」という電気の流れを制御するパーツを製造販売する中、このリレーをもっと多く使用した機械ができないかと試行錯誤を重ねた上で、この多能式自動券売機にたどりついたといわれています。
当時の担当者はもういないので、そのあたりの記憶が薄らいではいますが…。

多数のリレーがびっしりと組み込まれている


-大阪万博の駅券売機として、登場-

券売機1機につき電気の流れを制御する250個の「リレー」を採用したことで機械内部が構成され、当時としては画期的な動きをみせていました。
さらには10円、50円と入れられた硬貨が振り分けられ、今では当たり前となった「おつり」も自動で出るしくみも備えたのです。
もちろん、こまかな部品にいたるまで、すべて自社製にこだわっていたと聞き及んでいます。

万博会場の外にもあった日本の最新技術

さっそく翌1970年に開催された大阪万博の「万国博中央口駅」に採用され、当時の日本はおろか世界各地から訪れた来場者の度肝を抜くことになりました。
写真にみられるとおり、駅構内にずらりと並んだ様は圧巻です。このことから、わが社は自動券売機の先駆者となったわけです。それが功を奏してか、東京の電鉄にも導入が決まり、次々と開発をすすめては各電鉄各社に採用されていったということです。

現在の券売機の機能としては、乗客のニーズだけでなく駅員のニーズもきちんととりいれています。それは、お釣りがたまっても、機械内で自動的に還流させることで駅員のメンテナンスの手間が極限までにへらせたこと、複数駅をネットワークして、万が一、駅員が不在だとしても遠隔操作で動かすことができるというものなどさらに進化しています。

通常、製造社名をあまり表示しないため、わが社のものだと気づかれないかもしれませんが、昔の機械をよく見ると正面の片隅に、TAKAMIZAWAのロゴをいれている希少なものもあります。(※筆者注:東京メトロの券売機の右下に注目・・・)

 

-「機械遺産」50号に認定-


この多能式自動券売機はその独創性と画期的な技術革新が認められ、初代0系新幹線や戦後初めて日本のメーカーが開発した旅客機YS-11などと並び、日本国内の機械技術面で歴史的意義のある「機械遺産」第50号として2011年に認定されました。

※リンク:日本機械学会のページ

今では自動券売機は、さらなる利便性、視認性のためにますます進化を遂げて、日本全国にとどまらず、最近では中国の地下鉄でも展開しています。

 

-70年代のにおいをもつ製品たち-

また券売機に限らず、その技術は町のいたるところで活かされていました。

1970年代~80年代に開発・製造されたものたち左上:洗濯物受付機 右上:ゴルフスコア順位自動計算器 左下:カップヌードル自販機 右下:乾電池自販機

食券の券売機や、カップめんの自動販売機、乾電池の自動販売機。かわったところでは洗濯物の受付機やゴルフのスコアを自動的に集計するランキング装置なども作っていたんですよ。
いずれもベンチャー企業としてのチャレンジ精神旺盛な1970年代に登場したものばかり。
このチャレンジ精神は今なお受け継がれ、部署を問わず社員から定期的に企画を募っては、次なる開発の糸口を探しています。

 

-中野の街でも見られる製品が-

現在では、わが社の技術は自動券売機の枠にとどまらずカード処理や、サーマル印字を活かした地震計、セキュリティゲートや駐輪システムにも活かさています。

中野サンプラザと区役所の間にある駐輪場もそのひとつなんですよ。
券売機同様、正面にロゴがはいっているので、宝探し気分で確認してみてくださいね。

よくみると清算機の右下にロゴが・・・

>>>>>券売機で培った技術から派生したさまざまな取り組みに関しては後半につづく。
どんな事業に発展していったのか、お楽しみに。

 

(今回の取材先)
株式会社高見沢サイバネティックス
東京都中野区中央2-48-5
http://www.tacy.co.jp/

 

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